カカシがイルカと出会ってから、一年が過ぎた。

「四代目、そろそろ暗部に戻してもいい頃じゃないですか?俺。」

「だ〜め。まだ全然だめだよ。」

〜〜〜〜っっ!!
声にならない怒りのようなジレンマをカカシは必死に堪えた。
カカシは、未だに中忍として任務をこなしているのだった。
一年もずっと中忍の任務をしていたのでもうBランクの任務回数などこの一年で3桁を軽く越えた。
なまじ能力があるために一日に2つ3つの任務を掛け持ちするなんてざらだった。

「カカシ、確かにこの一年で君のこなした任務数は里一番だろうけど、それでもそれは単独任務だからだよ。仲間がいた状態だったらもっともっと充実した任務内容で活躍できたはずだよ。わかっているだろう?仲間が足を引っ張るからじゃない、カカシが自分で足枷をするからだ。」

カカシはため息を吐いた。火影はにこにこと笑ってカカシにお茶とお菓子を出した。

これねえ、里に新オープンした春風堂っていうお店で買ってきたんだけど、結構いけるんだよね。」

「四代目、俺は甘いものそんなに好きじゃないです。」

「うん、知ってるよ。だからこのお菓子はそんな甘くなくて美味しいから食べてみてよ。」

カカシは一口食べた。確かにあまり甘くはない。それでもほんのりは甘いじゃないか、とぶつぶつ文句を言ったが火影は素知らぬ顔で自分もお菓子を頬張っている。
今日は休みなので火影に直訴にやってきたが、また失敗だったようだ。
カカシは美味しそうに菓子を頬張っている火影を見てまたため息を吐いた。最近中忍として板についてきたな、とアスマに言われてちょっとばかし凹んだことは言うまい。
あれから何故かアスマとは気が合ったのか、はたまた似た年齢のせいか、たまに連んでいる。アスマはイルカの言っていたように、確かに後輩から慕われる性格らしく、ぶつくさ言いながらも面倒見がいい。カカシが愛想もなく立ち振る舞っていてもそういうものかと特に気を悪くすることもない。
思えば中忍としてここまですんなりやってこられたのもアスマのおかげかもなあ。あのまま一人で突っ走ってたら周りから少し反感買ってそうだったし、とカカシは振り返る。
いや、だから中忍として日々がんばるんじゃなくて、早くまた暗部に戻ってばりばり仕事やりたいんだって。
中忍の仕事が生ぬるいとか言ってるんじゃない。任務は任務だ。どんなものだって依頼のあったものは真剣に取り組む。だが自分の能力と見合った任務の方がいいに決まっているのだ。
この一年、中忍の任務をこなしながらもカカシは暗部としての修行をおろそかにしたことはない。いずれ戻るのだからと以前にも増して鍛えているのだ。
だがそれでも、火影は戻ることを良しとしない。まだ自分は怯えているのだ、人の痛みに、仲間の死に。
精神面を鍛えるのは難しい。だがそれを乗り越えなくては忍びとしての明日はない。
まだ中忍として忍びの生き場所を確保してくれているだけでもありがたいと思うべきなのか?そんな馬鹿なっ!
ふと、火影の顔を見ると真顔で自分の後方を見ていた。なんだ?と思って振り返るとそこには三代目火影が立っていた。
うわっ、まったく気配がしなかったよ。
火影の地位を退いてもその余りある能力は目に見えて感嘆する。

「どうしたんですか?気配なんか消しちゃって、カカシが驚いてますよ。」

そこで初めてカカシの存在に気が付いたのか、三代目はそれはすまなかったの、と笑った。

「カカシ、大きくなったの。今は中忍だそうだが。」

「今に暗部に返り咲いて見せますよ。」

むっとして言ったが三代目は、ほっ、と笑った。このじじいめっ。

「カカシ、このお菓子はイルカちゃんと一緒に食べるといい。」

火影はそう言って菓子を紙に包んでカカシに持たせた。カカシは頷くと2人に会釈して部屋から出て行った。
何か大事でも起きたか、とカカシは廊下を歩きながら思った。
カカシの存在すら気付かぬ程慌てていたのだろう、あのプロフェッサーと言われるほどの人物が。何に対して?解らない。自分のあずかり知らない所で物事は動く。そんなのは当たり前だ。だが、妙に胸騒ぎがした。口の中に残るほんのり甘いお菓子の味が妙に落ち着かなくさせた。

 

カカシはどこに行くでもなく、ぶらりと歩いて川の土手沿いの草地に腰をおろした。
夏が終わろうとしていた。川沿いの涼やかな風が心地良い。
平和だった。第三次忍界大戦が終結して数年、信じられない程の平穏、そして日常。だが、この拭い切れぬ言いようのない不安はなんだろう。明日もずっと続いていくはずだった仲間との語らい、共有する時間。それらは一瞬で消えてしまう。みな、死んでいく。
イルカも、アスマも、先生も死んでしまう、いつか、いずれは。そんなの生きていたら当たり前。生きていればいずれは死ぬ。人はその生きている一瞬一瞬が輝かしいのだと言ったのは誰だったか。
誰も死んでほしくない。そんなのは詭弁だ。そのために奔走しているカカシが道化に見える程に。

「カカシ?」

見知った気配が近づいてくるのを知っていたカカシは驚くでもなく声の主に目を向けた。

「こんな所で何してんだよ。任務は、って今日は休みだったな。」

イルカはカカシの隣に座った。

「アカデミー、終わったの?」

「うん、今日は午前中だけだったから。お、なにこれっ、」

イルカはカカシの隣に置いてあった紙包みを指さした。火影からもらったお菓子の包みだ。そう言えば火影はまだイルカのことを女の子だと思っているようだ。イルカちゃん、ねえ。
カカシはクツクツと笑った。

「なんだよ、」

「いや、それは、春風堂だったかな。そこのお菓子らしいんだけど。食べる?」

食べるっ、と言ってイルカは嬉しそうに笑った。カカシは包みを開けてイルカの手に菓子を置いた。

イルカは、下忍になれずにいた。そのことで愚痴を言ったことはない。早く忍になりたいとカカシを羨望の眼差しで時たま見ることはあったけど。

「へぇ、なんかうまいな、これ。」

イルカが菓子を食べて笑っている。それだけでカカシはなんだか泣きそうになった。
どうかこのまま、幸せなまま、時が進めばいい。
こんな感傷的になったのも甘い菓子を食べからだ。甘い菓子は幸せを連想させる。儚く脆いイメージのままの、甘くくだける菓子。どんなに甘い菓子でも、カカシにはひどく苦い味に思えた。
その時、突然木の葉が舞い上がってカカシは立ち上がった。
瞬身の術だ。木の葉を巻き上げながら姿を現したのは、先ほど別れたばかりの四代目火影だった。

「四代目。」

唐突に現れた人物にカカシは声をかけて肩の力を抜いた。

「一体なんです?何か忘れ物でも?まさか菓子を取り戻しに来たとか言わないでしょうね。菓子はイルカと2人で食べましたよ。」

腕を組んで火影を見やったカカシだったが、火影はぷっと笑ってカカシにおいでおいでをした。何事かと思ったカカシは言われるままに火影の前まで歩いた。

「何です?」

と言った瞬間、カカシは火影に抱きしめられていた。うげっ、何しやがるこの優男っ!とカカシは身をよじったが、さすが火影と言うべきか、まったく振りほどけない。
くそっ、もっともっと強くなって火影なんか追い越してやるっ。いつか勝ってやるっ!!
カカシはそう思って最後までじたばたして抵抗した。
そしてようやく放された時、カカシはほとほと疲れ果てていた。

「こんっの、エセ火影っ、からかうのもいい加減にしろっ!!」

「あっははっ、エセ、だって、ひどいこと言うね〜。」

そう思わない?イルカちゃん、とイルカに声をかけているのを見て、カカシはその存在をすっかり失念していた。
慌てて振り返ると、イルカは呆然とカカシと火影を見ていた。うわあ、茫然自失ってこういう感じのことを言うんだろうなあとカカシは思った。